カテゴリ: 有料グループ お知らせ

オンラインサロン『』メンバー募集内容


※支援している場所の子供達とJunさん(映画の一コマです)


メンバーの中尾亜由美です。


寄付やボランティアに、興味がある方は多いのではないでしょうか?


でも、どうやってしたらいいか分からない…
大きい団体に寄付すると、何に使ってるのか分からない…


人は、誰かの役に立ちたかったり、
誰かを助けたいって本能的に思うんですよね。


活動が、ハッキリと分かっているところへ
寄付をしてみませんか?


毎月1,000円で、誰かの役に立ち、
自分の学びもあるサロンを作りました。




こちらの収益は、
全て支援に回します。


循環させて行きます。


運営側は、ボランティアです。
学ぶことばかりで、楽しくお仕事させていただいております。


主宰の天人 純(ジュンアマント)は、16年前に大阪市内の中崎町にて、単身で古民家を廃材を一切出さずに再生し、街を作りました。


本人も楽しみながら、進めたプロジェクトにはたくさんの方が賛同し、今の賑やかな中崎町に生まれ変わりました。


難民を受け入れたり、障害を持った方の働き口としても機能しています。


入ってきた収入は、全て支援に回して循環させています。


出すから、入ってくると言う、豊かになる法則を地でやってらっしゃいます。

それが可能になるJunさんのマインドを学びたくて、たくさんの人が集まっています。




そのマインドや、行動を学べるサロンでもあります。
自己啓発や、引き寄せではない、意識改革です。



アマントグループの活動内容や、サポートしていることのご紹介です。

【援助やサポート】

環境について
被災地支援
平和について
こども関連
(シングルマザー援助、子ども食堂運営、パッピーエナジー)

【活動場所や内容】

・ネパール


・インドネシア
・イスラエル
・台湾
・フィリピン
・講座




・被災地支援の報告会

Junさんのお話会には、
こんなに集まってくださいます。



護身術や武術の講座も開催




いったい何者なの?と思われたかもしれません。
一言では説明できない、様々な活動をされています。


主催の天人 純 Amanto Jun (ジュンアマント)のプロフィール

幼少より武道武術をたしなみ
スタントマンから大道芸人を経てパフォーマーに
世界を旅するうちに日本人独自の運動特質と
環太平洋の古い部族の動きを各地の格闘技、伝統舞踊学び、研究し
その共通点を編集、独自の哲学をもとに傾舞(かぶくまい)を創始した。
俳優として、数々の作品に出演し、賞も受賞。
ダンサーとしても活動している。



【傾 舞 kabuku mai】

傾舞とは「武+舞+奉+禅」の4つの漢字であらわされるコンセプトを持つ
JUN独自の思想を元にしたコンテンポラリーダンス。
技術的には、日本人独自の身体操法に着目し「双 軸」(2本のセンターを
駆使して踊る)など数多くの体系を持っている。
面白いことに、日本人独自の運動を探求するため
彼は環太平洋の島人達に共通の動きを見出し、海洋民族の身体性を研究。
この思想と技術を纏め上げた。



大阪中崎町を拠点に古民家再生パフォーマンスを実験
まったく廃材を出さない100%リサイクルや廃材ギャラリーなどの
技法を用いてたった一人からはじめ1127人の通りすがりを巻き込んで
Salon de AManTo 天人を始める。



カフェであり、劇場、ギャラリーなど
あらゆる事が同じ場所で行われる天人は
ミックスカルチャーを土着の文化の上生まれる空間としてデザインされ
そこに住み、そこでの自分の体験と生活から作品を作るために…



2001年7月26日から始まったこの実験アートスペースというカフェプロジェクトは
その後、その後、セルフビルドカフェの先駆けとして同地区に広まり
現在同エリアには80店舗を超えるカフェ雑貨店が点在するに至る
若者とお年寄り、ビジネスマンとアーティストが共存する町「中崎町」として
有名になる。

現在同地域に52名の天人アーティストグループと共に複数の芸術発信拠点を
運営し、中崎町を含むエリアに点在する店舗の約1割を天人グループの店舗で占めるに至り、
芸術発信の地区として機能し始めている。

全ては、誰かのために困っている人がいたら助けよう。
そんなことに繋がっていきました。



ハリウッド俳優を目指していたのに、なんだか導かれることは、全く違うことだったと言う不思議な縁や流れに逆らわずに進んで来られました。







こんなこと考えていませんか?

・ボランティアに参加してみたい
・地球のことは気になるけど具体的にはよくわからない
・使命に生きるってどういうこと?
・人生をスムーズに生きたい
・自分のお役目は?
・この生き方でいいの?




サロンでは、入会特典をご用意しております。


特典

◆ Jun天人主催の開催イベント、講座、報告会は無料でご参加いただけます。
(お申し込みの際に『メンバーです』と備考欄に記載ください)

◆ 希望者はボランティアスタッフとして現地で活動体験

◆ 動画配信

◆ サロン内のコンテンツが見放題



運のいい人や
なんだかついてる人
お役目を分かってる人
使命に生きてる人

って、生き生きしていますよね。
スムーズに行く人は、
人の為に動いてる人なんです。


そろそろ、動き出してみませんか?
生き方をシフトし、
人として、素敵に人生を生きませんか?


『』では、

変わりたい
本当の豊かさを知りたい
自分の使命に気付きたい
なんだか興味ある


そんな方をお待ちしています。


【『』への参加方法】

チェック Facebookをやっている方がお入りいただけます

チェック 毎月1日のみ受付

チェック 半年一括払い 6,000円
(月にすると1,000円)

お支払いは、Paypalになります。
お申し込み後の返信メールに登録先のURLをお伝えいたします。
(どうしても無理な方は、銀行振込も対応いたします。中尾のFacebookまでメッセージ下さいね)

お申込はこちらから

★お申込みのお名前と、引き落としのお名前、Facebookでのお名前が一致していない方は、必ず、ご一報下さい。
本人確認ができませんので、よろしくお願いいたします。


よくある質問。


Q.遠くでも大丈夫ですか?
A.もちろんです!ネットでの交流ですので、距離は関係ありません。講座などは大阪開催になりますので、その辺りはご了承下さいね。(サロン内の動画やコンテンツが見放題です)

Q.銀行振込などのPayPal以外の振込方法はないですか?
A.申し訳ございません。PayPalでのお支払いのみになります。(6ヶ月一括支払い。1ヶ月ずつのお支払いではありません)
※どうしても銀行振込が良い方はご相談ください。



仲間がいれば、心強いですよ。

お待ちしていますね。


※ 内容は口外(シェア)禁止とさせていただいております。

仕事をしているもの同士です、信用を大事にして活動しましょう。

ルールを守れない方、また、他のメンバーに迷惑をかけるような行為をされた方には、相応の対応をさせていただきます。
ご容赦ください。(自分の売り込み、個人的に勧誘などもNGとさせて頂きます)


カテゴリ: 中尾亜由美プロフィール

中尾亜由美プロフィール




中尾亜由美です。

現役の服作家。衣更月(きさらぎ)と言うブランド名で活動中。

18年、神が宿ると言われている天然素材リネンで服を製作販売。

18年間培ってきた心持ち、ノウハウ、ビジネスマインドを盛り込んだセミナーを開催。

コンサルティングもやっています。

スピリチュアルヒーラーとしての顔もあわせ持つ。
ヒーラーとしての性質なのか、素材を活かしてより良い状態に出来る強みがある。
売れる人を見ると、映像として未来が見えてきます。
乱れたリズムを整えるのも得意。

プライベートでは、夫、23歳と20歳の男の子の母でもある。
息子や、旦那様の面白ネタは、facebookでお洋服より人気だったりします。
趣味は、スキー、ヨガ。

【出版】
2016年2月26日初版本出版。8月現在、5刷目

2017年2月2冊目出版。

【本格的に活動をはじめた2009年からの実績】

・展示会(鳥取、神奈川、千葉/合計17回)
・講習会・小中幼稚園PTA講習会(合計12回満席)
・2012年ファッションショー開催
・テレビ出演・Ustream出演
・展示会の新聞取材掲載
・販売記事を出して2日目に20,000円の服が売れはじめる。
・延べ、1000着以上販売
・コサージュ200個・モテシュシュ100個販売
・初のランチ会が2時間で満席
・ヒーリングツアー定員オーバー開催
・トリプルセミナー1週間で100名満席→140名満席
・セミナー参加人数延べ1000名以上(名古屋、三重、静岡、東京、北海道、高知、香川、京都、福岡招致、沖縄)
・Panasonic・商工会議所で講座
・年に一回販売するオルゴナイト(39個)が4分で完売
・なぜか、スキー雑誌2誌に掲載される


ここからは、中尾の生い立ちです。

よかったら、お付き合いください。


夢はキャラクターデザイナー




2月5日雪の日、長女として、母の実家がある島根県で産まれる。



寒いのに生まれたての私を窓際に置き、チアノーゼが出て、生後まもなく死にかける。

写真は笑ってるけど・・・


数ヶ月後、大阪の自宅に戻ります。

コリーを飼っていて、おにぎりを持っては、近くのレンゲ畑でピクニックをしてくれていました。



子供の頃から、お絵かきが大好きで、休日にはかならず絵を描いていました。

体が弱く、自宅にいることが多かったんです。

縁側に私専用の机、絵の具と、画用紙を用意してくれていました。

そんなに好きならと、有名な画家のお絵かき教室に私を入れた母。


お教室では、キチンと枠内描くことを教えられました。

母は、あなたの伸び伸びさがなくなったと、後々後悔するのです。

キャラクターを考えるのも好きだったので、
サンリオのキャラクターデザイナーが夢でした。(キキララの時代です)


お稽古事は、絵だけでなく、そろばん、公文、ピアノ、水泳、習字。

特に苦痛と思うことなく過ごします。

その間に、難病にもかかり、長いいじめられっ子時代でもありました。


母は、体にいいものをと、レトルト食品はほとんど食べたことがありません。

お菓子もパンも手作りでした。

お誕生日、クリスマスなどは、盛大にしてくれました。



家には、ミシン部屋があり、いつもミシンの音がしていました。

母は、子供ブランドの縫い子さんで、縫い子さんの見本も縫う器用な人でした。
レース編みを大手百貨店に降ろしたりもしていたそうです。

私の服はほとんど手作り。

このグリーンの服は、弟とお揃いの母の手作り。



小学校の頃、母の側で、りかちゃん人形のお洋服を作ったりしていました。

その時に「人のカラダって立体なんだ」と、気づくのです。

でもまさか、お洋服の仕事をするようになるなんて、想像もしなかった。。


担任からもイジメにあう




今から思えば、幸せな子供時代でした。

でも、母の体罰や言葉の暴力、小学校でのイジメにひとりで耐えていた時代でもあります。


幼稚園で、難病にかかり入退院を繰り返します。
母は、心配のあまり宗教にハマったり、
私が、コンと咳をすれば、すぐに薬を飲ませられたので、
薬漬けでした。


学校の先生も面倒な生徒と思ったのでしょう。
クラス中からのイジメ、担任からもイジメられました。


イジメられているなんて、親に言えないんですよね。
子供は、こんな子になってゴメンね…と思うんです。


不登校にならずに行けたのは、
『こんな人たちに自分の人生を無茶苦茶にされたくない』
と冷めた子供だったことが幸いしました。


中学、高校と、馴染めず一人でいることが多くなりました。
すっかり笑わなくなっていました。


絵で食ってけるか!




飽き性の私も、絵と手芸はずっと好きでした。

中学の卒業式。クラスメイトと担任の先生と。


いつもマーガレットの漫画をまねて絵を描いていました。
友達と遊ぶより、家でひとりが多かったので、
ずっと絵を描いていました。

実家には、描いた絵がダンボールにいっぱいあります。



中二の頃に、自分は役に立たない人間と絶望し、
自殺を考えます。

でも、死ねなかったんですよね。


高校時代も冷めていて相変わらずいじめられていましたが、カップルの似顔絵が評判になり、

描いて欲しいと行列が出来るように。

絵やポスターを描く時は、必ず私に依頼があり、絵も学校にも必ず貼りだされていました。

私の心のより所は、絵と手芸だけでした。


とりあえず、何かを作り上げることが好きでした。


なので、普通の大学に行って、平凡な生活なんて、考えられませんでした。

美術の学校に行かなければ、私の人生終わったも同然!とまで思うように。


自分を活かせる仕事ってなんだろうって考えたら、絵しかなかったのです。


「女が絵で食ってけるか!」と言う父に、土下座をして、美術の学校への進学を許してもらったのです。



広告代理店で憧れのデザイナーに、でも・・




美術の学校は、楽しくて仕方がありませんでした。
絵が自由に描ける。


絵を習うと思う人は多いかと思いますが、
絵は教えてもらえないんですよ。

センスと画力がないと、置いていかれるだけ。
自分で磨くしかないんです。

美術の学校は、いい成績で卒業しました。

賞もたくさんいただきました。


はじめて作った卒業謝恩会の洋服。




その後、世の中に出たら、学校の成績や賞など、全く意味のないことだと思い知るのです。


就職は学校に一切頼りませんでした。

自分で調べて、1日何軒も面接のはしごをしました。

慣れないヒールに、靴ずれだらけ。

経験者か、専門学校卒しか取らない業界でしたので、ことごとく落ちる。


そんな中、ミキハウスなどの広告も扱う、ちょっと業界では名の知れた会社に就職が決まったのです。

そこは、新卒は絶対取らないと聞きました。


でも、60人応募がきて、一人受かったんです。(私は新卒だけど、途中採用の募集でした)


不思議。どうして、受かったのか。


会社にはアポなし飛び込みで伺いました(怖いもの知らずでしたから)


その時、偶然にも社長さんが、会社に戻ってこられて面接をしてくださったのです。(これも引き寄せ?)


で、後日「私事で、お時間を頂きまして、ありがとうございました・・・」と、お礼とおわびのお手紙を書いたのです。


それに驚かれたそうで、「人としていい」と、採用となったそうです(笑)


母のしつけのお陰です。人生わかんないもんです。


晴れて、グラフィックデザイナーとなりました。


広告会社は、それはそれはすごく華やかで、楽しい毎日でした。

憧れの雑誌オリーブに出ているモデルさんに逢えたり。
(会社では、オリーブ娘って呼ばれていました)


デザイナーの頃、業界の人たちとウィンドサーフィンへ行ったり(真ん中の黒い服が私)


かなり、活躍されてる方ばかりでした。
この頃から、人のご縁に恵まれています。

仕事では、会社案内を丸々任されたり(なんと、今大企業に成長しています)

ブランドのタグのデザイン、商品のスタイリング、高級子供服の広告。
靴下屋さんの足モデルもやりました。


おしゃれな広告が、もてはやされてる時代でしたので、広告会社は強かったんですね。

まあ、バブルの時代ですよね。

営業マンも、スーツじゃないです。

綿パンに、ラフなシャツ、肩にはピンクのセーター。

石田純一だらけです。


失敗もしましたが、絶対に上のデザイナーが守ってくれました。

いい方ばっかりでした。


仕事は、楽しくて、笑い声もたえない仕事場でした。

人には、恵まれていました。


・・・・・でもね、超~過酷な労働だったのです。


休みなし、毎日終電。

疲れきって、お風呂で寝て、おぼれかけたんです。

母が気が付かなかったら、死んでました(よく死にかけるな~わたし)

父は、激怒。

年頃の女の子に、あまりにも過酷と、父に「辞めなさい」と言われました。


張り詰めていたキモチは崩れ、
夢の仕事に就けてたはずなのに、
なぜがホッとしたのです。



お金のかかる美術の学校に、反対を押し切って入ったのに。

やめられない、何があっても!と思っていましたから。



実はね、死ぬほど働いて、お給料が、月7万だったんです。

新卒で、能力がないからって。

でもね、一人前に仕事は任されていたんです。

当時のデザイナーは過酷で、過労死はよくあったんです。


父の言葉で、そっこー辞めました(笑)


この会社は、私が辞めたのをキッカケに分裂しました。
私の人生の中で楽しく華やかで、人間関係や人としてのあり方など、一番学んだところでした。


結婚まで悔いなく色んなことをしてやる!




グラフィックデザイナーを辞め、

学生時代アルバイトをしていた百貨店のお花屋さんに就職しました。

なにか作ることが好きなので、デザインが平面から立体になっただけで、なんら変わりなく楽しく仕事しました。

フラワー装飾技能士と言う、国家資格も取った。


その間に様々なバイトをしました。


・モデル(ブライダルショー、足モデルなど)



・合コンのサクラ(参加費無料で食べ放題。しかもサクラなのにカップルになるって、オチ)

・高級クラブのホステス(バイト代よかった!!高級お寿司も食べさせてもらった!)


ママに気に入られて、働かない?って、言われましたが、本当に気の利かない私には無理です。

ココで、「銀座の恋の物語」を散々おじ様たちに歌わされ、覚えました。



バブルも楽しんだ。



ほぼ、毎日仕事帰りにディスコへ。


左の彼女は、プロのダンサーになっちゃった。

有名歌手のコンサートでバックダンサーも勤めました。DVDにも登場しています。


「あゆもダンスしない?」って、誘われましたが、わたしは他にしたいことがたくさんあったから。


フラワーコーディネーターとなった私は、引き抜きで2度職場を変わり、

テレビ局のバラエティー番組のお花を生けたり、CMのお花でカンヌで銀賞を取られたり、

高級クラブの活け込みなどをしている先生の元で働くことのなったのです。


北新地の高級クラブで、自分が生けた花と一緒に。
これ、ボケの枝です。トゲだらけなので、腕は血だらけになります。

何店舗か、任されていました。




師匠は、資格など一切持っていない人でした。

「資格なんて、いらないのよ」と。

フラワーコーディネーターが、まだ全く仕事としてなかった時代に、さきがけで始めた方です。

考え方に刺激を受けた方です。

仕事は一見華やかですが、完全な裏方。

きれいな格好なんて出来ませんでした。

手も花で汚れたら取れないし、膝をつくのでパンツはドロドロ。


7年間はさみを握り、手は限界でした。

ひどい腱鞘炎と、顔が腫れるくらいの花粉症に。


花屋もちょっと仕事が減ってきてる時期でした。


いい時かな~と、また転職を考えました。



仕事は一つじゃない




グラフィックデザイナーをやめ、花屋も辞めました。


この仕事で一生。なんて思えないわたし。


いいのか悪いのか(笑)、とりあえず執着しないので、サッと次に気持ちを切り替えられます。

仕事どうしようかな~と日々探していました。

ある日、新聞にちっちゃい募集記事を見つけたんです。


それが、大阪市立科学館のコンパニオン。

その時、27歳。

年齢制限ギリギリ。


受かったら、おもしろいな~って、気軽な感じで、履歴書を送ったら、1次が受かり面接の案内がきました。


全く面接の準備もせず挑みましたが、落ちてもいいやって感覚でしたので、気楽でした。


2次、3次と面接はありました。


まさかの合格!!


60倍の難関を突破。(あれ?60って数字に縁があるのかな?)


人生って、何があるか本当にわかんない。

なんでも気楽に、受けてみるのもいいのかも。


やった~~、きれいな格好がやっと出来る!!


衣装は、アシダジュンのオーダーです。




夏バージョン(眉毛は自眉です)




バブリ~が、残っている私(おしゃれが大好きでした)




コンパニオンは、一年毎の契約で、出来の悪い(接客が悪い、アナウンスが下手、ユニフォームの着こなしがだらしないなどなど、もろもろを採点されます)と、クビを言い渡されます。


本社の人が来て、ひとりひとり面談があります。


私は、この頃結婚が決まっていましたので、「辞めます」と、お伝えしました。

意外な答えが、「チーフになってほしかった」でした。


わがままな女子をまとめるなんて、む~~り~~!!


結婚決まっててよかった~と、本気で思ったのです。

コンパニオンの仕事は楽しかったので、もうちょっとやりたかったのですけどね。

もうそのころは、十分な経験したと、満足していました。

でも、結婚してからも、やっぱり色々やるんです。


結婚・出産




旦那様との出会いは、めずらしいお見合いでした。

私は、結婚と恋愛は違うと、別けて考えていました。


見合いといっても、おばさん同士が知り合いで、年頃も合うからいいんじゃない?って、軽いノリで逢った。


逢ってビックリ。


金色の後光がさしていたきらきら


この人だわ~と、キターーハート

ダーリンと出会って、はじめてスキーをしました。

旦那様と同じ趣味を持つっていいでしょ?



後々、めっちゃハマるんですね~。


このドレス、斉藤由貴さんがサスペンスドラマで着てたやつです。

母が、これがいいと言ったので(笑)




たくさんの経験を独身時代にしてきましたが、結婚してもやりたいことは結局尽きないのです。


基本、飽き性です。すぐに飽きますがやってみたい性分。


才能がないと思ったら、そっこー諦めます。だって、ムダな時間だから。

【あきらめない】は、自分をあきらめないってことです。

それは、見込みがまだあるかな?って、いうものだけです。


勝手な考えですが、見込みがあるものだけをがんばる方が、結果も出るから。


長男は、結婚して一年目に産まれましたが、寝る子だったので、公園へ遊びに連れて行くと、帰りは必ず爆睡でした。

※次男が産まれた時。



結婚してから、他にこんなこともしました。

・踊りの発表会の司会

・陸上の試合のコールガール

・キックボクシング

格闘家だった、岩みたいな弟に教えてもらっていました。

弟は元プロボクサーです。
これは、私のバンテージ。



このころ私、腹筋が割れていました^^


・ヨガ

数年前まで週一教室で教えていました。



・スキー

ワンシーズンに20日は行きます。
国際資格も一応持ってます。




手作り作家になったわたし




結婚してからは、子育てをがんばろ~と、思うわけですが。

長男が寝るので、暇で暇で、はじめたのが洋服作りです。


もしかして、服も作れるかも?と、手持ちのブラウスから、型紙を取って作ってみました。

子供が小さいと、買い物もゆっくり出来ないので、全身手作り服になっていったのです。

そんな時に、ある雑貨屋さんのオーナーさんに「お店に置いてみないか」と、声をかけていただきました。

2000年。作家.A.ROOM.として活動を始めました。

でも、そこでは大量盗難、作ったものを乱雑に扱われたり、そして突然の閉店。

早く作品持ってきてね。と言われた2週間後でした。

オーナーに物申せない自分に嫌気がさしました。

ネットショップもオファーを頂きましたが、
嫌がらせにあい、辞めました。
ことごとく来るお試し。


この頃に、同居もはじまり、ストレスはマックス。
同居が決まってからは、覚悟を決めていましたが、
なんと、長男が円形脱毛症に…


お母さんの気持ちが伝染。
愚痴も一言も言わなかったのに…


しばらくして、親戚などの暴言にもあい
精神的にも追い詰められ、
薬を買い込み、自殺を試みます。


この時に旦那さんが、『なんか、嫌な感じがして』と早めに帰宅。
薬を飲まずに済んだんです。


旦那さんは、私の命の恩人。


今や同居して20年近くになりますが、かわし上手になり
仲良くやってます。
バカになる事を決めてから、楽になりました(笑)


そんなこんなもありながら、自立を考えたんですね。


「もう誰にものっからない!」と決めて、HPを立ち上げ、ブログもはじめました。


自分が動けば、周りもそれに合わせて、流れがやってきます。

あれよあれよと、個展の話が。

こちらは、北堀江の「シャムア」さん。



そして、シャムアさんで偶然であった、鳥取のお店のオーナーさん。

出会って半年後、委託販売から、個展の依頼を受けました。



それからも、通っていた美容院のオーナーさんに「ファッションショーしましょうよ」と、言われて、

トントンと進んで、やっちゃった音符



楽しかった!



日ごろの感謝を込めて、数人の作家さんに声をかけて、
自宅ショップもしました。

たくさんの方に来ていただいて、私の服はほぼ完売。



その間に、流れ的にヒーラーにもなり(子供の頃から、見えちゃう人でした)

『パワースポットで本来の自分を取り戻しシンクロが当たり前になる鞍馬山ツアー』は、大人気に。

中尾のリーディングメッセージで、大変身を遂げる人が続々!

ありがたいことに、私もパワー頂いています。




ハンドメイド作家さんに向けてセミナーを活動14年目にして開始。
今の自分は、想像できなかったです。



息子は、2人。

次男20歳は、サッカーのアスリートで、大学までサッカーをやっていました。
今は、サッカーを辞め、人生に迷いに迷っています(笑)

オレオレタイプです。



長男23歳。

将来の夢は、アイアンマンかしら?

彼はこー見えて、中学校のリレーで過去何十年と破られなかった記録を破った、案外やる人。

筋肉だけど、癒し系。



勉強嫌いでしたが、現在は大手企業のアプリ開発をしています。

この仕事が楽しく出来ているのは、家族がいたから。


独身だったら、絶対にしていないです。

イベントに出たり、グループを組んだりせず、一人で活動してきました。

意地悪も、いやなこともい~っぱいあった。

でも、絶対諦めなかったし、人との出会いから沢山の幸せをいただきました。

活動をしていると、色々あります。


そこで、
出会った人。
教えてもらったことを忘れずに、
活動することが大事だと思います。

嫌なことばかりにスポットを当てないことを人生では学びました。
過去は、『お陰様で』に変換できます。
だって、その経験が今の自分を作っているから、
感謝しかないですね。


『愛と感謝』の気持ちをもって。


自分らしく生きるっていいよ。


カテゴリ: マインド

コンプレックスはバネになる




中尾亜由美です。


わたしは、コンプレックスの塊だったんです。


美大のころ、奇抜なファッションに自信がなくなり、

流行りものに手を出しはじめたんです。


パーソンズとかね。


『みんな着てるから』


と、安心していた。


その服を学校に着ていった日に、


ananから飛び出したような、おしゃれな同級生に一括されたんです。


『全然似合ってない。あなたは身長もあるのに、それを活かした服をなぜ着ないの?』


自信のなさから、
自分の良さを見ていなかったんですよね。



小学校から強度の近視で、めがねちゃんでした。


自分の顔をハッキリ見たこともなく、
中学では、自分のブス具合に嫌気がさして
部屋の鏡を全て割った。


とにかく、自分が好きになれない、
いいところなんてどこにあるの?


って思考でずーっと生きてきたんですよね。


生きてる価値なんて感じられなかったしね。


だから、暗かった。
死のうとしたことも2度。

 

今もなんだけど、着替えが遅いんです。
結構何やってもスロー。


高校の時に、体育後にお昼休みだったんだけど、
食堂の席取りの為に、
急いで着替えないといけないのに、
友達に勝てたことが一度もなかったんですよね…


何度トライしても、勝てない。
このトロさは、治らないんだな〜って
コンプレックスになっていました。



でもね、20年ぶりに会った高校の先生が、
今の私を見て『ほんまに、お前か?』って驚いてた(笑)


コンプレックスがあるなら、何かで補おうと行動しだしたんです。


ここから、わたしの人生が変わったんだよね。


何とかしようって、自分から動かないと
何にも変わらないことに気がついて。



今は、歩くのが絶望的に遅いです(笑)
変わってないやん!


ダーリンにぶら下がって歩いてます。


歩くのが遅い人って、早死にするらしいですoo


子供の頃から、トロくて学校で注意されることが多かったけど、
そのコンプレックスも、案外役に立つんだよね。


なんとかしようと、努力に繋がる。


働きだしてからは、タイムキーパーとあだ名がつきました。


人って、変わるんだよね。
ずっとそのままではなくて、
菌と同じで適応力を持っていきます。


進化するんだよね。


だから、コンプレックスを卑下することはないよ。


ま、変わらないところもあるけどね。
生きていくのには困らないから、いいっか。


※中尾のオンラインサロンメンバー随時募集!

悩みがサクッと解決しますよ~仲間になりませんか?



メルマガ

ボタン 好きな仕事で楽しく自立する秘訣をお届けするメール講座
ボタンなりたい自分を思い出す7つの質問【無料講座】

ボタン LINE@にて『今日のスピリチュアルメッセージ』を毎日配信♪
IDは、@XTT6303Z
友だち追加







カテゴリ: 美容

⚫︎ファンデがいらない♪カバー力がある手作りパウダーの作り方

★3年前の再投稿記事です。


中尾亜由美です。


私は、よく
「バッチリ化粧じゃないんですね」

「肌がきれい」


と、言っていただけます。


先日のジュエルチャンネルでも、見てくださった方から、お肌がきれいとメッセージいただきました。


お化粧は、薄いです。ノーファンデ、アイメークもほとんどしません。


自分の中では、100点満点な時はないんですが、そう言っていただけると嬉しいです2つハート

愛用しているのが、手作りしたパウダーです。





この大きさ(手の平に乗る小さいサイズ)でしたら、買えば5,000円はしますね。

手作りすれば、500円するかしら?


この作り方を、教えて欲しいとコメントたくさん頂きましたので、書いてみますね。


びっくりするくらい、テキトーですよ(笑)


簡単フェイスパウダーの材料



この3点です。


簡単フェイスパウダーの作り方



さぁ、いきますよ~作り方。


コーンスターチ7:シルクパウダー2:ダイヤモンドパール1

これを、混ぜ混ぜ〜。
そう混ぜるだけです。


注意すること




ダイヤモンドパールは入れすぎると、叶姉妹のようにキラッキラになります。


そして、やりすぎるとスターウォーズのC-3POのシルバー版みたいになりますので、気をつけて!


色をピンクなど付けたければ、カラーパウダーを好みで入れてみるといいかもしれません。


やってみてね~クローバー。

オンラインサロン










カテゴリ: 楽チン子育て マインド

家族の太陽になろう♪がんばらない子育てお話し会【不登校の子供と周りとの関わり方】



中尾亜由美です。


ここ最近、不登校のお子さんのご相談が増えています。
子育ては、ほぼ終了の私ですが、反抗期もほとんどなく自由に育った息子達の育て方をよく聞かれます。


どうして、こんなにも不登校の子供が増えたんだろう…と胸を痛めていました。


不登校だけでなく、子育ての考え方ですれ違う夫婦や、
義理の両親との確執、勉強しないと悩むお母さん…



我が家も反抗期がなかったとは言え、
勉強嫌いな長男、乱暴な次男に悩んだことがあります。
しかもウチは義理の両親と同居です。


悩んでばかりでは、辛いのはお母さんばかり。
中々、悩みを打ち明けたりできないと思います。


子供の笑顔が見たくて、頑張りすぎるお母さん。




このお話会を開こうと思ったきっかけは、
私の友人である久美子さんとの何気ないお話からです。


娘さんの不登校の話へ…


お父様の在宅介護と重なって、とても苦労されたお話を伺って、胸が詰まりました。


この体験をシェアして、苦しんでるお母さんのお役に少しでも立てたらと言う久美子さんの想いを受け取って、中尾がお話し会を主宰いたします。


不登校に悩んでなくても、子育ての先輩の話は学びが多いです。
いつ誰が悩みを抱えるかわかりません。
子育てのことをみんなで考えてみませんか?


シークレットに行います。
お写真なども足元だけなどの配慮をいたしますね。



子供の心理を勉強されているセラピストさんやカウンセラーさんにも、
参考になるお話だと思います。
経験からの言葉は、勉強では得れないと思うんです。


ぜひ、ご参加下さいね。


ある日突然はじまった不登校

まずは、久美子さんの体験を読んで下さいね。

吉井久美子さんの体験談

始まりは2年前


私には三人の子供がいるのですが、一番下の天真爛漫だった娘が不登校になったきっかけは、ワクワク・ドキドキしながら中学校に入学して1か月ほど経って始まったイジメが原因でした。

私の娘の通う中学校は3校の小学校から生徒が集まります。そんな環境の中で始まった中学校生活。

友人も多く男子からも人気があった彼女は、度々やっかみに合うようになりました。入学当初というのは私も少なからず子供の頃に経験がありますが、少し力関係を確立するための小競り合いのようなものがあるのでしょう。
しかし、ある女子生徒の娘への攻撃はエスカレートし、暴力を振るわれるようになりました。

そして、私の娘は熱が出て体調不良になり、学校へ行けなくなっていきました。


娘に何が起こっているのかわからない、不安な毎日

真っ暗な部屋で泣き・ブルブル震え、もう娘が壊れてしまうのではないか・・・と不安になる毎日。

誰かに相談することもできず、ひたすら不登校について調べました。
私の娘に何が起こっているのかを知るために・・・

学校にも何度も相談しましたし、いじめをしている女子生徒の両親との話をする場を作ってほしいと、お願いをしました。
先生方も家に来て下さったり、女子生徒を指導した報告をしてくれましたが、一向にネットの書き込み・LINEでの悪口など改善されませんでした。。。

続きは、久美子さんのブログをご覧くださいね。

ある日突然、お子さんが学校へ行かなくなった。


学校へ行くのが当たり前の毎日だったのに、お子さんだけでなくお母さんも不安になりますね。


まさか、うちの子が?
と思う出来事って、子育てをしていると多少なりとも経験します。


ご主人から責められ、学校も信じられない。
世間体もある…
育て方が悪かったんだろうか…


先の見えない迷路。
どうなるんだろうと言う不安。



学校へ行きたくないのは、ただのサボりではないと気がつきはじめます。

こんなことに悩んでいませんか?

・部屋に引きこもって出てこない
・子供とのコミュニケーションの仕方がわからない
・家族の理解がない
・学校の理解を諦めている
・お母さんばかりが抱えている
・相談する人がいない
・孤独を感じる
・自分のせいだと責めている
・子供に当たってしまう
・どうしていいかわからずとにかく不安
・ご主人との意見の違い
・勉強のことへの心配


子供へは、期待をしすぎないことがとても大切。
(でも、しちゃうよね…)


『学校に行かなくてもいいよ』『勉強ばかりが大切なんじゃない』と言ってみても、
口と心が一致しないと、子供には伝わってしまいます。


『お母さんは、学校に行って欲しいんだよね』
『お母さんは勉強さえしていればいいんだよね』と。


この、口と心のギャップに気がつくことが大事なんです。
目に見えない、態度のプレッシャーがかかります。


お母さんは子供に何を期待しているのか?考える時間を持つこと。


つい、言わないでもいいことまで言ってしまう…?


何に期待しているんだろう…と
自分発見にもなるお話会です。



お話会の内容

子供を受け入れ、追い込まないこと。
そして、お母さんもひとりで抱え込まないでね。

【コミュニケーションの取り方】
・子供とのコミュニケーション方法
・ご主人とのコミュニケーション方法(夫婦円満を保つコツ)
・おじいちゃんおばあちゃんとの関係(味方にしちゃおう)
・兄弟の仲
・学校とのコミュニケーションの取り方

【それぞれの家庭に合ったやり方】
・受け入れ方
・親のスタンス(世間との関係)
・自分に合ったやり方

【親子関係再構築ワーク】
・自分の心を知る書き出しワーク

【会話が生まれるハンドセラピー】
・心理に合わせたアロマの調合方法
(落ち着きがない、眠れない、不安など)
・触れ合いのきっかけになるマッサージを伝授

【質疑応答】

お母さんがガス欠なら、子供をガソリン満タンにしてあげれません。

まずは、お母さん自身が元気になって欲しい。




今の状況が、どうしてなの?と考え込まないないことです。

聞き続けてあげること。
はじめは、子供の色んなサインに気がつけなくても罪悪感を持たないでほしい。

話を繰り返し聞いてあげること。

その子にとって何が大事か丁寧に向き合う。

何が好きか見極める。


子供を真ん中に置いてあげることなんです。

こんな変化が期待できます

・ひとりで悩まないようになる
・具体的にできることがハッキリする
・自分なりの寄り添い方が分かる
・周りとのコミュニケーションの取り方が分かる
・お母さんが元気になる
・夫婦仲の改善


子供を受け入れ信じる


子供が必要としていることに気がついて向き合えるようになります。


子育ての事は、夫婦関係やママ友関係などの人間関係と同じなんですよね。
夫婦関係も信頼関係で成り立っています。



ちょっとした誤魔化しやウソは、家庭内でも信用を無くします。
お母さんが元気なら、子供を心底信じてあげられるんですよね。


夫婦関係で悩んでる方にもとても良いと思います。
子育ては夫婦でするものですから。



夫婦円満の私たちにご質問も下さいね。

=娘さんの不登校の体験談をお話ししてくださるゲストのご紹介=



吉井 久美子さん

様々な機能を持たせた材料を作る開発会社(有)環境科学研究所代表取締役、(一社)Hinatomoの代表理事を務める。
ハンドメイドソープなど自然の力を使いお肌と心にやさしいスキンケアブランドKumiStyle.のオーナー。人気商品は「石鹸物語」シリーズ。
教科書には書いていない発想でモノづくりをする事から付いたニックネームは発明家くみこさん。
化学は赤点にも関わらず電池特許3つ取得。そのほか暮らしや子育ての中から「あったらいいな~」の発想で様々なプロデュースと商品開発をする。
PTAや地域貢献活動をし、この度「音楽のちから」を使って不登校の子供と親のための活動を開始。

【久美子さんからメッセージ】

引きこもりにさせない、家の中でリラックスして過ごせる。
学校へ行く事だけを目標にしない。

そして傷ついた子供と親子の関係を再構築して寄り添う取り組みをしていきたいお母さん。一緒お話しませんか?

子供と一緒に悩みを共有し、沢山の学びと体験を得た事をお話します。
また学校とのコミュニケーションについてなど。

心を痛めながら、一生懸命寄り添う事に頑張るお母さんに、癒しのハンドマッサージも伝授致します。子供とのコミュニケーションにも活用して頂ければ嬉しいです。

うんと癒されて、うんとないて、そして希望をもち続けていきましょう。

久美子さんは、世界を救う発明をされた方です。

彼女の人生のテーマは『愛』

明かりのない国に、廃材から光を灯す電気を発明。
今は、汚染された水を飲んで亡くなる子供を救いたいと、水を浄化する小さな粒を発明。

※1時間で、除菌水ができます。



愛に満ちたお話会になりますよ。

とてもお忙しい方なので、この機会を逃されませんように。


【日時】

5月21日(月)
10時〜12時30分

【場所】

大阪心斎橋(お申し込みの方に詳細をお知らせいたします)

【参加費】

3,500円
(事前振込)

【持ち物】

筆記用具
(ワークをします)

お申込はこちらから

ボタンお話会が終わってから、久美子さんを囲んでランチに行きます。
お申し込みの際に参加不参加のチェックをお願いいたします。
※飲食代は各自ご負担ください


=進行=


衣更月きさらぎ  中尾亜由美

現役の服作家。スピリチュアルヒーラー。コンサルタント。
2000年からハンドメイド作家として活動。

ずっと順風満帆だったわけではなく、色々なトラブルも経験済み。

そんな経験からビジネスとして必要な事、また、自立する事の大切さを学ぶ。

売れている人を徹底的に研究し、オークションや委託では毎回完売する作家となる。

2013年から自力でのネット販売を開始。

18年間培ってきたハンドメイド作家としての心持ち、ノウハウ、ビジネスマインドを盛り込んだセミナーを2014年11月より開始。
全国に招致される。

コンサルティングでは商品や販売方法、魅せ方、SNSの活用方法、マインドアップなどをアドバイス。

一年に一回販売するヒーラーとして作るオルゴナイトは、4分で完売。

2016年二見書房より「売れるハンドメイド作家の教科書」を出版Amazon総合第4位
2017年つた書房より「無理せず楽に楽しく好きな仕事で自立する方法」を出版

プライベートでは、夫、23歳と20歳の男の子の母でもある。

洗濯物を干してくれる男の子に育てるには?とオファーをいただき、
子育てテレビにも出演。

相談相手、お友達を作りに来て下さいね。

お待ちしています手書き風ハート